堀江翔太の学歴(高校、大学、小学、中学)からラグビー日本代表の道へ!

ドレッドヘアが特徴的な堀江翔太選手は、その大きな体を生かして、スクラムの最前列で存在感を放っています。

日本代表には欠かせないベテラン選手のひとりである堀江翔太選手はどのような子ども時代を過ごしてきたのでしょうか。

小学校から大学までの活躍、そして、ラグビー日本代表での活躍についてご紹介します。

どうぞ最後までお読みくださいね。

堀江翔太の学歴は?

日本代表で長年活躍している堀江翔太選手はどのような学校で過ごしてきたのでしょうか。

まずは、堀江翔太選手の出身校を紹介しましょう。

小学校:
大阪府吹田市立千里新田小学校
住所:大阪府吹田市春日4丁目10-1
特徴:教育方針が校長先生の言葉でしっかりと語られています。校長先生のブログでは学校の様子が写真入りで紹介されています。

中学校:
大阪府吹田市立南千里中学校
住所:大阪府吹田市桃山台4丁目2-1
特徴:学校のホームページには、生徒の様子がブログに綴られていてオープンな校風であることがわかります。

高等学校:
大阪府立島本高校
住所:大阪府三島郡島本町桜井台15番1号
偏差値:40
特徴:丘陵地域に位置しているので、眺めがよく、校舎から天王山を見ることができる。大阪阿武野高等学校に機能統合されるため、2025年3月に閉校予定。2023年以降は生徒募集をしていません。
ラグビー部:全国高等学校ラグビー選手権(花園)に複数回出場しているラグビー強豪校

大学:
帝京大学 経済学部経済学科
住所:八王子キャンパスと宇都宮キャンパス
偏差値:40

堀江翔太の高校時代はどんな活躍をしていた?

ラグビー部に入部、子どもの頃からずっと続けていたラグビーに専念します。

中学時代は、ラグビーの強豪である、啓光学園でラグビーをすることに憧れていましたが、啓光学園は私立の学校、学費面など両親への負担を心配し、進学を諦めました。

堀江翔太選手が島本高校を選んだのには理由があります。
島本高校からは、社会人でラグビー選手として活躍している卒業生がいたこと、そして、全国高校ラグビー選手権大会(花園)に4回出場している実績があったからです。

堀江翔太選手が島本高校に在籍したいた時は、花園に出場することはできませんでした。
それでも、花園に出場するための予選大会では、決勝まで進むなど注目を集める学校において、堀江翔太選手は抜群の活躍をしていたのです。

高校3年生の時にはオール大阪(大阪選抜)に選ばれています。
これは、当時、「高校日本代表に選ばれるよりも難しいこと」と言われていました。

そして、高校3年の12月には、U19アジア大会の代表候補に招集翌年4月の世界大会にも召集され、フル出場しています。

堀江翔太の大学時代ー帝京大学での活躍は?

帝京大学 ラグビー部に入部した堀江翔太選手は、4年次に主将を務め、大学選手権でベスト4に入りました。

帝京大学の岩出雅之監督が、偶然、高校3年生だった堀江翔太選手の試合での活躍をみて、その場で帝京大学へスカウトしたのです。

当時、堀江翔太選手は大学ラグビーは見ておらず、どこが強いかも、どこに行きたいかも決まっていませんでした。

大学時代は、フォワードのポジションである、ロック(LO)やNO8を担当していました。

堀江翔太選手が大学に在学中は、優勝することはできませんでしたが、堀江翔太選手が卒業して2年後、後輩たちが、大学王者となりました。
そのへの道筋を作ったのは、堀江翔太選手の世代なのですよね。

堀江翔太の小学生時代を知りたい!

小学4年生にサッカークラブに所属していましたが、そこにいたのは、かっこつける先輩たち。
その雰囲気が自分には合わなかった、と1年で辞めてしまいました。

サッカークラブをやめて、太りだしたのがきっかけで、親の勧めもあり、小学5年生から大阪の吹田ラグビースクールでラグビーを始めました。
このチームは、東芝の廣瀬俊朗選手を輩出していたチームです。

小学6年生で、身長175㎝ 体重77kgあった堀江少年は、その大きな体で相手に突進、トライをたくさん来ました。

「堀江に渡せばトライしてくれる」

と言われたほど、チームメイトからの信頼はとても厚かったのです。
ただ、体は大きいだけでなく、走るのも早くスタミナもあったのです。

堀江翔太の中学時代は?

堀江翔太選手の中学校には、ラグビー部がなかったので、バスケットボール部に所属していました。

大阪府大会でベスト8を狙える、バスケットボールの強豪中学でしたが、堀江翔太選手は、なんと1年生の時からレギュラーとして活躍。
チームの大黒柱となっていきました。

堀江翔太選手の体は、筋肉質でしっかりしていたので、当たり負けしなかったのかもしれないですね。

自称「動けるでぶっちょ」とか。

体が恵まれていただけでなく、堀江翔太選手はしっかり練習もしていました。
小学6年生からバスケットボールを始めた堀江翔太選手は、大人用のボールを使って練習を積んで、体を鍛えていたのです。

バスケ選手として有望視されていた堀江翔太選手ですが、ラグビーへの情熱を忘れたことはありませんでした。

週1回、ラグビースクールに通いながら、夜の公園では、友達を誘って、また、ある時はひとりで、ラグビーの練習をしていたのです。

「高校に行ったらラグビーをやる。そのためにバスケをやる」

その言葉のとおり、ラグビーをやるために、今できること、つまりバスケットボール選手として成長することに情熱を傾けていたのですね。

堀江翔太はラグビー日本代表としていつから活躍してる?

堀江翔太選手は、2009年に日本代表に初めて選ばれました。
カナダとのテストマッチ(国際試合)で初キャップを獲得しました。

ワールドカップには4大会連続で日本代表として出場、フッカーとしてスクラムの最前線で活躍しています。

ラグビーワールドカップ2011ニュージーランド大会
ラグビーワールドカップ2015イングランド大会
ラグビーワールドカップ2019日本大会
ラグビーワールドカップ2023フランス大会

2023年9月29日現在、75キャップを獲得、つまり、ナショナルチームによる国際試合(テストマッチ)で75回出場しています。

これは多い方ですね。
ラグビーワールドカップ2023フランス大会 第二戦で50キャップとなった稲垣啓太選手より25試合も多い出場しているということですからね。

これだけ、国際試合で活躍している堀江翔太選手は当然、国内でも活躍しています。
最後にその活躍をご紹介しましょう。

2009年に三洋電機ワイルドナイツ(現 埼玉パナソニックワイルドナイツ)に再加入後、現在に至るまで、9シーズンのうち7シーズンで、ジャパンラグビートップリーグベスト15に選ばれています。

2010-11と2015-16のシーズンには、MVP獲得しています。

これだけ長い間、第一線で活躍するのは容易なことではなかったと思います。
トレーニングをしっかりすること。
大きな怪我をしないこと。
年を重ねる中での調整。
活躍しつづけるためにやることはたくさんあり、それらを確実にしてきたからこそ、今の堀江翔太選手があるのですよね。

また、堀江翔太選手の特徴は、多くのポジションの経験がある、ということです。
学生時代に、ロックとNO8のポジションを経験、社会人になってからはフッカーとしての技術を身につけました。

つまり、堀江翔太選手は「タックル、ラン、パス、キック」すべてができる選手なのです。
そこには、小学時代のサッカーや中学時代のバスケの経験が生きています。
得点とれるフッカーになるためにニュージーランドへ留学したりと、自分の成長のため、日本代表の成長のために努力を惜しまなかったことが今、花開いているのですね。

そのような堀江翔太選手はコーチからの信頼も厚いのです。

長谷川慎スクラムコーチは次のように語っています。
準備をしっかりする完璧主義者のような選手。練習で細かい所を詰めていったら、それをそのまま試合に活かしてくれる選手なので、とても信頼している。

堀江翔太の学歴、ラグビー日本代表についてのまとめ

まとめです。

・堀江翔太の高校は大阪府立島本高校
・堀江翔太の大学は帝京大学
・堀江翔太の小学校は吹田市立千里新田小学校
・堀江翔太の中学は吹田市立南千里中学校
・堀江翔太はラグビー日本代表に初めて選ばれたのは2009年
・堀江翔太選手はワールドカップに4大会連続出場

最後までお読みいただきありがとうございました。

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